電子書籍という選択
電子書籍が取り沙汰されるとき、利便性や本としての佇まいのようなものが、しばしば、印刷本との対比のなかで語られがちです。しかし私は、「電子書籍とは、読書の選択肢のひとつ」とただただシンプルに考えています。移動中の電車内で読むことを考えて、これは電子書籍で買おう、とか、応援したい書店のことを思いながら、これはあの書店で買おう、とか、個人的な事情に照らし合わせながらどちらかを選択しています。もちろん、いつでも取り出せて思い立ったときに買えるという電子書籍の利便性も手放せないし、頁をめくるときに伝わる一枚の手触りといった印刷本ならではの手応えも捨てがたい。ですので、私としては、二者択一的な議論の俎上にのせることはもうやめて、どちらも尊い営みとして受け止めてほしいなと思っています。
おいかぜ書房は電子書籍制作・出版の専門社ですが、とりたてて電子書籍を賛美するつもりも、新しい出版文化云々などと大上段に構えるつもりもまったくありません。ただ、電子書籍が、従来の印刷本の出版よりもコストがかからないことだけは確かなので、これまで出版に躊躇いがあった人も、もう数え切れないくらい出版した経験を持つ人も、誰でも、もっと気軽に、電子書籍で作品を発表できるようになればいいな、と思っています。そういう方々の後押しをしようと、おいかぜ書房は電子書籍に取り組んでいます。
2026年4月
では、具体的に電子書籍とはどのようなものなのか、以下、詳しくお話ししようと思います。
- 電子書籍の種類
- 読書バリアフリーについて
- 電子書籍の歴史 その歩みと進化
電子書籍の種類
電子書籍とひとくちにいっても、現代のそれは、印刷本をそのままデジタルに置き換えるというものではありません。印刷本とは明らかな仕様の違いや、画面で読まれることを想定した細かな工夫があります。
ここではまず、おおきく二つにわけて、電子書籍の種類をご説明します。
〇リフロー型(文字サイズが変えられる本)
【小説、詩集、エッセイなど「文章」を主役にする本に適しています。】
読者が使う端末(タブレット・スマホ・パソコン)の画面サイズや、好みの設定にあわせて、文字が自動的に流し込まれる(リフローする)仕組みです。
・読者が自由に変えられる
文字を大きくして読みやすくしたり、フォントを変えたりすることが可能です。視力が弱い方や、移動中にスマホで読む方など、読者一人ひとりの環境に最適化した読書ができます。
・デジタルならではの機能性
本文中の言葉を探せる「検索機能」や、難しい言葉をその場で調べられる「辞書機能」、他にも付箋やマーカーに対応しています。また、音声読み上げ機能を使えば、移動中や家事の合間に「耳で聴く読書」を楽しむことも可能です。
・おいかぜ書房のこだわり
リフロー型は読者の設定によって表示が変化するため、時には文字が詰まって見えたり、意図しない場所で改行されたりすることもあります。だからこそ、自動変換に任せきりにせず、一冊ずつ丁寧に電子の組み版を施します。作品の余韻や文章のリズムが、できる限り損なわれず、どの端末でも心地よい読書に近づけるよう、見えない部分での調整を繰り返しています。
〇固定レイアウト型(見たままを届ける本)
【画集、写真集、教材、絵本など「デザイン」を主役にする本に適しています。】
印刷本と同じように、文字や写真の配置を完全に固定して表示する仕組みです。
・表現を守る
著者がこだわったレイアウトを、そのまま読者に届けることができます。
・デジタルの最適化
単なる画像の羅列ではなく、目次から各作品へ瞬時にジャンプできる機能や、拡大しても美しさを保つ解像度調整など、電子書籍としての使い心地を付加します。
・おいかぜ書房のこだわり
例えば画集や写真集は、ページをめくるリズムも作品の一部です。見開きで見たときの迫力や、次のページへ続く余韻。デジタルの画面でもそのリズムが損なわれないよう、著者の表現に寄り添いながら、最適な「見せ方」を一点ずつ丁寧に調整していきます。
あなたに最適なかたちを
ここまで電子書籍の主な種類についてお話ししてきましたが、「自分の作品にはどちらが合っているのだろう?」と迷われることもあるかと思います。
基本的には「文章主体ならリフロー型」「絵や写真主体なら固定レイアウト型」が目安となりますが、視覚的に読ませたい詩集や、1頁2.3作固定にする歌集や句集、挿絵や写真を入れるエッセイなどのように、その中間的な表現を求められるケースも少なくありません。
大切なのは、あなたの言葉や絵が、読者の目にどう映ってほしいか。
おいかぜ書房では、お作品の内容を拝見した上で、最適な形式をご提案させていただきます。
読書バリアフリーについて
「本を読む」という一見当たり前に思える行為の内側に、実はいくつもの「障壁」が隠されていることを、私たちは忘れてはならないと考えています。
【読書に求められる「特権性」への問い】
2023年に小説『ハンチバック』で芥川賞を受賞された市川沙央さんは、作中で、従来の読書文化が暗黙のうちに読者に求めてきた「健常性」を強く批判しました。
- 目が見えること
- 本が持てること
- ページがめくれること
- 読書姿勢が保てること
- 書店へ自由に買いに行けること
これらの条件を満たさない人々にとって、紙の本を中心とした文化は、時に拒絶に近いものとして立ちふさがります。
市川さんをはじめ、「読みたい本が読めないのは権利侵害である」という当事者の方々の叫びは、出版に携わる私たちへの重い問いかけです。読書がこれら5つの特権の上に成り立つものであるという事実に、私たちは無自覚であってはならない。おいかぜ書房は、そのように考えています。
【読書バリアフリー法と電子書籍の役割】
令和元年に施行された「読書バリアフリー法(視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律)」は、こうした壁を取り払うための第一歩です。 この法律では、視覚障害だけでなく、発達障害や肢体不自由などにより「視覚による表現の認識が困難な方」すべてを対象としています。電子書籍は、そうした方々へ読書の喜びを届ける「アクセシブルな手段」の筆頭です。
- 視覚による認識の補助: 文字の拡大、白黒反転、フォントの変更
- 聴覚による読書: 音声読み上げ機能への対応
- 身体的負担の軽減: 端末を固定し、指先ひとつ(あるいはスイッチひとつ)でページをめくる
【理念を「インフラ」へ変えていくために】
文部科学省の啓発リーフレットでは「誰もが読書のカタチを選べる社会」を謳っています。しかし、私は単にデータの形式を整えるだけでは不十分だと考えます。
物理的な移動や通信環境、そして社会全体の無理解という障壁をどう取り除いていくか。この法律を単なる「理念」で終わらせず、誰もが平等に本へアクセスできる「社会インフラ」として根付かせていくことが、真のバリアフリーへの道ではないでしょうか。
娯楽としての電子書籍が普及する一方で、文芸、実用、教養といったあらゆるジャンルの本が電子化され、多様な方々が「読みたい本を、自由に選択できる」こと。 おいかぜ書房は、制作という立場から、その当たり前の権利を守るお手伝いをしたいと願っています。
電子書籍の歴史 その歩みと進化
「電子書籍」という言葉が日常的になったのは比較的最近のことですが、その舞台裏では、30年以上にわたる技術者や出版社による試行錯誤が積み重ねられてきました。
【1990年代:黎明期と「パッケージ」の時代】
日本における電子書籍の萌芽は、1990年代前半にありました。当時はインターネットではなく、書籍情報を詰め込んだフロッピーディスクやCD-ROMを、パソコンや専用端末で読むスタイルでした。
- 1990年代前半: 大手メーカーによる「データディスクマン」などの専用端末が登場。
- 1993年の活況: 日本語版の制作ソフト「エキスパンドブック」が登場。個人でも電子書籍を作れるようになり、作家や編集者の間で最初の大きな盛り上がりを見せました。
- ソフトへ進化: 手帳型端末「ザウルス」での読書など、物理的な「モノ」から、オンラインでデータを購入する「コト」へと、サービスの形が変わり始めました。
【2000年代:モバイル読書の先駆けと乱立】
ADSLの普及や携帯電話(iモード等)の爆発的な浸透により、インターネットへの距離感が一気に近くなった時代です。
- インフラの変容: パケット定額制の普及により、ガラケーでコミックやケータイ小説を読む文化が日本独自に発展しました。
- サービスの乱立: 出版社や通信会社など多くの企業がオンライン書店に乗り出し、試行錯誤を繰り返しました。
【2010年代〜現在:プラットフォームの確立】
2010年、iPadやkobo、そして2012年のKindle日本上陸により、ついに「電子書籍」は特別なものではなくなりました。
- 市場の成熟: 乱立していたサービスが淘汰・整理される一方で、電子コミック市場が急成長。2023年には市場全体で5,000億円を超える規模(出版科学研究所調べ)にまで達しています。
- 現在の姿: コミックが市場の約9割を占める一方で、文芸や実用書といった「活字」の分野でも、大切な選択肢として定着しました。
【おいかぜ書房の立ち位置】
電子書籍はもはや新しい流行ではなく、読書の選択肢のひとつとして定着しました。
現在の市場はコミックが中心ですが、おいかぜ書房では、小説や詩、画集、あるいは誰かの経験が綴られた実用書など、「一人の人間から生まれた、形にしておきたいもの」を主な領域としています。
もちろん、特定のプラットフォームが永遠であるとは限りません。
そうした危うさを抱えつつも、一方で、Amazon Kindleや楽天koboが現時点で最も普及し、多くの読者に届く窓口であることも事実です。おいかぜ書房では、これらのプラットフォームを「今、言葉を届けるための、有力な(けれど不完全な)道具」として捉えています。特定の仕組みを過信せず、今できる最善の方法として活用しながら、あなたの作品を必要としている読者へと繋いでいきます。