業務日誌
2026/6/12 Fri.
朝一で資料を探しに国会図書館へ。3時間ほど費やす。しょっちゅう行っているからか、図書カウンターのとある係のひとは、私が利用者カードを差し出すやいなや端末で名前を確認する前に請求した資料を取りに行ってくれる。この常連感が気恥ずかしくもあるがまあどっちでもいいんだけれど。
2026/6/11 Thu.
昨日送りそびれた提案書や見積書諸々を本日無事に発送した。その後は出版手続きや校正作業。午後遅めに子どもの習い事の送迎だから、終わって帰宅しても具体的な作業を進めるだけの時間がない。ぼちぼち次の作品に取り掛からねばいけないのだけれど手紙やら資料やらの整理ができてなくさすがにどうかと思ったのでキングジムの厚型ファイルを追加購入。と、そこで終わり。
2026/6/10 Wed.
今日は一日デザイン仕事をした。正確にいえば午前中は子どものことで用事があったり探しものをしたりとあまり手につかず、結局終業時刻までかかってしまった。今日送ろうと思っていたのだがなくなく明日の便に。そして出版手続きやら書類の用意が全然まにあっていないので、子どもらにご飯作ってお風呂入れてちょっと遊んで寝かしつけてからやるしかないな。そんな日もある。
2026/6/9 Tue.
更新が滞ってしまった。金月更新していないだけでやばいやばいと思うくらいには業務日誌が私のなかで義務化されているらしい。おい西野なんで業務日誌出さないで帰ったんだよ、と心の中の上司は私に言ってくるので、いや違うんですよ書いてはいたんですけど……、嘘つけ書いてないだろ、あははいやいや困ったもんっすよね、とごまかしてみるが、お前がな!と言われて仕舞いだろうな。
それはいいとして今日はひとつの作品の編集者校正が終わり紙ゲラの印刷、続いて表紙デザインの提案書作成に取り掛かる。明日には出せるだろうか。それにしても表紙デザインの提出は毎度緊張する。私なりに作品の意図を読み取り汲み取り落とし込むのだけれどこれでいいのだろうかという逡巡は止まない。きっと著者の多くはもっと自信満々に提案してくれよと思っているはずだが私にそんな演技力もないし、それはそれでいいんじゃないかと思っている自分もいて困る。困ったこんっすよね。
2026/6/4 Thu.
今日も今日とて前回見切れなかった資料を読みに国会図書館へ。ついでに普段とっていない社の新聞にも目を通しに。帰りがけ、ひさしぶりに丸亀製麺を食べた。わかってはいたけどコシが強い。かしわ天もちょっと塩っ辛かったな。塩分量に気を付けるようになってから外食のしょっぱさがちょっと気になる。食べながら事務所に伊勢うどんのストックがあることを思い出し急激に食べたくなるが満腹だ。戻ってから制作仕事。明日は娘の保育園の遠足。仕事にとりかかれるのは夕方かな。
2026/6/3 Wed.
台風だ。朝、子どもたちの送りですでにずぶ濡れ。湿度が。部屋中から生乾きの臭いが鼻につく。強風ですごい音がするのだが、うちの事務所もちょうど工事なのか点検なのか巨大ななんらかの機材がものずごい轟音をたてていて二重にうるさい。 いつもラジオを付けながら仕事をするけれどラジオの音が聞こえづらいくらい。仕方ないけれど集中力が散漫になる。制作に取り組む。文章の書き仕事は今日は諦める。コードの英数字の整列が目に心地よい。
2026/6/2 Tue.
noteに着手しようと思っていたのだが、午前中からいくつか目を通さなければならない資料があり、瞬く間に時間が溶けていった。様々お問合せいただいているのだが返答しきれていない。今はコツコツとメールを書いている合間に一応業務日誌を更新する。なんだかんだ2カ月も続いているのか。まあでも一般的な会社なら業務日誌が三日坊主ってことはあり得ないわけだからできて当たり前なのか。明日の台風が心配だ。子どもは休校になるのだろうか。戦々恐々とする。
2026/6/1 Mon.
noteを勉強中。といいつつも新刊情報はとりあえず上げている状況が続く。noteアカウントにおいかぜ書房の説明がないので自己紹介を投稿せねばと思って書いているのだがななんだかまとまらない。ほんとうに、なんだか、という感じ。デスク環境がどうも暗くて、気になり出したら暗さが一層増すような気がして、気晴らしに外に出たら出たで暑すぎて日傘を取りに戻ったがもう外に出るのも面倒になってしまった。文章の分量だけ長くなってしまった。明日にはまとめあげねば。
2026/5/29 Fri.
午前中は月末の経理処理などの事務処理を行う。そしてうちは5月決算なので再来月末までに確定申告なのだが考えるだけで今から気が重い。昼食は冷蔵庫のなかの在庫処分をと、なめこと三つ葉がそろそろ怪しかったのでペペロンチーノにして食べる。たいていのものはにんにくとオイルと唐辛子でじりじりやってパスタにあえればおいしい。午後は昨日から引き続きnote。作品紹介を移しているのだがその前にもっとnoteのなんたるかを知っておいた方がいいと思い勉強も進める。そうこうしていると肝心の制作に手が付けられづ一日が過ぎていく。
2026/5/28 Thu.
作品紹介をnoteに逃がすことにした。ページ上限の問題もあるのだが、まあよく考えればその方がうちのホームページに並べているよりもはるかに見られる可能性が高いだろう。バナーを作り統一のレイアウトも考え文章を流し込んでいく。体裁を決めてしまえばあとはすでにある文章を当てはめていくだけなのだがなかなかどうして進まない。同じ作業を繰り返していくだけなのだが思いのほか作業工程が多いことに加えて、なんというか繰り返していくこと特有の緊張感とか疲れがある。作業時間を計測上は今日10作はできるはずだったのに結局5作しかnoteに逃がせられなかったけど、なぜこんなに時間がかかったとか考える以上にもう疲労困憊だ。明日も続きを。
2026/5/27 Wed.
少しだけホームページの修正に入った。電子書籍という選択のページを階層化していたのだがすべて1ページに収めることにした。というのもjimdoの現在のプランでの頁数上限に達してしまったから。だいぶ前に操作が楽そうだなと思ってAIビルダーのプランを選択して課金を続けているのだが確かに選択肢を選ぶだけで構築出来て便利なもののレイアウトの自由さは皆無。jimdoのコマーシャルではAIビルダーは簡単で初心者にもってこいだと謳っているのだが、これは選択肢をそぎ落としていった結果簡単になってしまっただけでいろいろなものを置き去りにしているような気がしている。プランを変えればいいかと思ったのだが、ただいまのプランからもっと自由度と難易度の高いプランには変更できないということ。まいったな。とはいえとりあえず手持ちの道具でなんとかするしかないのだけれど。新刊情報をnoteに飛ばしたりいろいろと考える。
2026/5/26 Tue.
資料を読みに国会図書館へ。朝一から随分混雑しているなと思ったら、どうもここ一週間近く臨時休館していたらしい。いくつか参照したいものがあったのだけれどなかなか出て来ず、予定もあったので見切れなかった。今日こそはホームページやSNSについて見直す時間を取ろうと思っていたのだけど子どもの宿題を見ていたら終業時間がせまりそんな時間もなくなって。
2026/5/25 Mon.
土日は子どもの運動会だったりなんだか長い距離を歩いたりしたからか足が重たい。じんわりと筋肉痛。今朝から制作を進めているのだけれど椅子に座っていると圧迫されるのか気になって気になって痛みが。それは仕方ないとしてホームページの見直しも進めなくてはいけない。この業務日誌がなんとなく習慣化してきたのは個人的に良くて、メリハリのない私の仕事のささやかな凹凸になってきた感はある。とはいえこれはあくまでもただの日誌なので、ふらりと訪れる人たちへリーチする要素はないからな。
2026/5/22 Fri.
一応文章を読むことが仕事だが、私の場合はそれだけではなく読んだ文章の感想を伝えることまでがセットになっていると近年強く意識している。言語化なんて言葉が定着してきているが、言語化できない行間や余白のような部分に魅力を感じている質なので、なんでもかんでも言語化の波に乗せないでほしいと切に願っている。とはいえ先に述べたように感想を伝えることと読むことはセットにしているので日々読んだものの感想を書き出してはいる。その行為はどちらかといえば言語化しようと捻りだしたり解釈を抽象化してみたりスライドさせてみたりわかりやすくさせてみたりするものというよりも、交通整理に近いように思っている。1章を読んでこう思った、2章を読んでこう思った、1と2はこの部分で繋がりというか話題の広げ方が深化しているからつまり私はこの部分に共感や疑念をもったということはつまり……と問答を繰り返してみる。そうするとだんだんと自分の意見らしきものが見えてくるのであとは勢いに任せて書いてみる。書き切ったものの大半は交通整理しきれず事故っているのだがまあまあこれも人間の感想というものだよねと割り切ることにしている。ところでなぜ近年強く意識しているのかというとこういう仕事をしていると著者の作品を読まないで仕事をしている会社や人のことをよく耳にするからで。届いた原稿をそのまんま所定の形式に落とし込めばいいってもんじゃないよねというのを強く思う。
2026/5/20 Wed.
朝のうちに制作の続きに区切りをつけて、10時半には事務所をでた。13時から面会で比較的遠出なので、その前に早めの昼食を。今日のお昼は迷わなかった。決め打ちだ。それでも優柔不断な私はお店に到着する寸前に一瞬の迷いを見せたが、もう何も考えずに注文することに成功。大したものだ昨日に比べれば。約2か月ぶりにお会いする方だったのだが無事にタブレットのお渡しと説明ができて一安心。雰囲気の和やかな方々で今回もつい長居をしてしまった。行きも帰りも電車で爆睡は私としては珍しいような気がするのだが眠気が収まらなかった。事務所に戻りメールチェックと雑務をこなしもう子どものお迎えに行かねば。
2026/5/19 Tue.
今朝は保育園に子どもを送り届けるが外出まで絶妙に時間がありいったん帰宅しメールなどをチェックする。よくないことなのだが、ここ最近制作作業に没頭するとメールのチェックをし損ねる。し損ねる、というかメールボックスを開くのを忘れてしまう。本当によくない。
午前中は公私共に気にかけてくれている画家の方と面会を。日頃のもやもやや美術教育や美術史についてたっぷり話す。その後、ランチ難民と化す。せっかく外出なのだから外食をと思うのだが食べたいものを見失う。やっぱりラーメンかなと思っていたのだがついつい食べ過ぎてしまう癖のある私は帰宅後のコンディションを思うと気持ちが離れた。じゃあ経由地のあの定食屋さんでお魚をと考えるものの、定食っちゅうか汁物が食べたいんだよなこの暑いときはなぜだかなどと思案しつついったん経由地で降りる。考えがまとまらないままふとここの駅ビルでおやきを買おうとしていたことを思い出し、全国のお土産物が揃うというJRの謎の店の冷凍ケースから野菜ミックスと野沢菜とネギみそを取り出し、レジに並びながらしめじとかぼちゃも買うべきだったかなと後ろ髪ひかれたが順番が来て髪を振りほどいた。冷凍おやきを抱きしめながらうろうろとするのだけれど、どれもこれもピンとこずほどなくして電車に戻る。移動中もずっとなにを食べようかと調べていたのだが悲しいくらい今日はグッとくるイメージが湧かず、なんだか空腹も過ぎ去り気味な気配があって仕事場へ帰宅。冷蔵庫の野菜室に今朝作ったフキごはんのおにぎりがひとつあった。おやつ用に作っていたことを忘れていた。手にはおやきもある。もうこれでいいじゃないか。フキごはんは昆布と濃口醤油だけでシンプルに炊いたもの。野菜ミックスと野沢菜のおやきが沁みた。何をながながと書いているんだ私は。
2026/5/18 Mon.
今週はいくつか面会の予定がある。その合間に資料を取りにいかなければ。
2026/5/15 Fri.
うちの子どもの熱は変わらず。ただ、それほどつらそうな雰囲気でもない不思議。子どもって熱い。風邪かなと思ったら平気で39度とかになるし親としたら気が気じゃない。ただ今日はどうしてもでかける予定があったので妻と調整して外出、面会。
昼過ぎに帰宅。なんだゲームしてるじゃないか、うちの子よ。元気になったならよかったと少し休憩して仕事を進める。なんだか喉がいがいがとする、いがいがと、私の。のど飴を買ってきて口に入れる。しばらくそれがないと咳が止まらない時間が続いた。嫌な感じだな。
2026/5/14 Thu.
今朝から子どもの体調が思わしくなく学校を休ませた。資料調べに行く予定を変更。在宅仕事へ。午前中は平熱と微熱を行ったり来たりも午後から高熱。が当人はそれほど大変そうでもなくそれはそれで心配。子どもの様子を伺いつつ仕事を進める。長いこと着手してきた作品の仕上げへ。作品中に内部リンクを多用するのでこつこつコードを書きチェックを。外にも出られないのでひたすらパソコンに向き合う。明日面会に持参する資料を確認。明日学校に行けるといいんだけれど。
2026/5/13 Wed.
お世話になっている方から新しい電子書籍化の依頼をいただいた。PODオプションも。ありがたいし嬉しい。ありがたいし嬉しいというのは単純に依頼いただいたからだけではなく、今回の作品が前作とコンセプトを同じしつつもさらに発展させた内容となっていて、思索の形跡を辿るように読み解くのが楽しいから。それも書きたてほやほやを真っ先に読ませてくれた。このところ仕事に繋がったり繋がらなかったりする原稿の下読み作業も増えて時間がひっ迫しているのだけど改めてじっくりと取り掛かろう。
2026/5/12 Tue.
今日は電子書籍のファイル制作と表紙のデザインと原稿の下読みをした。すべて違う作品だから頭の切り替えにてこずる。それでもまだ手の付けられていない原稿が。ホームページの更新もしたいのだけれどなかなか手が空かない。夜はお世話になっている方の詩の朗読会に出席する予定。
2026/5/8 Fri.
ひとつの作品の校正を終えた。ここから電子書籍データを大急ぎで作って来週にも提出。いったん目途がついてよかった。お昼にはサンマーメンを作った。ゴールデンウィーク中の不在を寸でのところで耐えた野菜のかけらたちをまとめて刻んで炒めて片栗粉で強めのとろみをつけて。比較的うす味の野菜を大量に摂取するのは久しぶりのような気がした。ところで積読が増えてゆく。今読まないよなと思いつつ作家の応援も兼ねているから買うものの読む時間がなかなか取れない。とあるジャーナリストがひとつの事件を何十年も追った大作ドキュメンタリーがあるのだけれどタイトルや事件の内容などが一切思い出せなくて困っている。検索してもいまいちピンとこないからなにか決定的に勘違いして覚えているんだろう。まあ買ったとしてもすぐには読めないのだけれどそれでも買い続けてしまう。
2026/5/7 Thu.
今週の営業日は二日だけ。今日は来週にも仕上げないといけない原稿の編集作業。どうにか明日までに上げられるか。ここしばらくkindleタブレットの在庫がなくて困っていたのだがどうにか目途がついた。これはよかった。
いくつか新しい原稿を読み進めている。うちでの出版に少なからぬ関心を寄せてもらえているということだからうれしいし楽しい。とりわけ今日はお世話になっている方より新作を書き終えたとの連絡があった。いつもは作品の背景や方法論を説明してくれた上で読ませてもらっているのだが、今回は何も知らない状態で読んでほしいという要望だった。緊張するが楽しみだ。連休明けの心が和らぐ。
2026/5/1 Fri.
一転快晴になった。部屋の片隅に広げたリュックやデニムは未だしっかり濡れている。現在の天気と持ち物のコンディションが合わない。
だいたい14時ころから近所の子どもたちが下校をはじめる。仕事をしていると自然と彼ら彼女らの喧騒が耳に入ってくるのだが、連休前だからか普段より賑やかに思う。さっきからエントランスの方からいくつかの縄跳びが風を切っている。ヒュンヒュントン、ヒュンヒュントン。きっと二重跳びだろうか。もうかれこれ三十分は経ったろうか。音は止まない。時々歓声があがっている。明日からのために体力とっておけよ、と少し心配する。
私も明日から連休だが、目の前のことが終わっていない。今週はいろいろあって稼働時間が極端に少なかったかもしれない。ひとまず校正稿を送れたものがある。よかったが、時間がかかってしまった。手元には読みかけ作りかけの原稿たちとタブレット待ちの原稿がある。前者は早く取り掛かれ私、と檄をとばし、後者は早く届いてくれと願う。二重跳びの音を数えている場合ではない。
2026/4/30 Thu.
明日は雨が強く降るらしい。本当は明日の予定だったが読んでおきたい資料があったので朝一で国会図書館へ。ついでに新聞各紙にも目を通す。新聞を紙で開くのは久しぶりの気がした。あたりまえだがデジタルのようにつるんとはしていない。懐かしかった。
月末は売上の分配日というか印税相当額の支払日。取扱作品数がなかなか増えてきたので管理しきれず昨年から取次を入れている。正直手数料の負担が大きいのでどうしたもんかなと悩む。悩むのは、取次をやめるかどうかではない。これがないと物理的に立ち行かないのは目に見えている。きっと事務処理以外何もできなくなるだろう。そうではなくて、手数料の負担点を分散できないものかということで。手数料の負担増でうちが赤字になっている作品を見つけてしまった。まずった。現行のシステムに切り替える前に出版した作品の内訳をチェックし切れていない。まずいまずい。ということに気を揉みながら集計して粛々と振込手続きを行う。明細を整えて著者への発送準備を。
2026/4/28 Tue.
仕事中はラジオを聴いている。しかし話題に思考がつい持っていかれるので原稿読みや文章を書く時間はミュートにして、組み版コードの打ち込みや事務処理作業など文字を文字と認識しない仕事の時だけだが。昨日からラジオコマーシャルでは「ゴールデンウィーク中のみなさん」という掛け声が繰り返し聞こえた。明日が休みだから木金を繋げて最長8連休を取る人もいるというのはパートナーに聞いた話で「うへ、すご」と思ったが、中には先週の土日から月火を巻き添えにして最長12連休でも取る人がいてそれを想定したコマーシャルなのか。「うへ、すご」。休みなんていくらでも取ったほうがいいと思うが、いかんせん私のような一人親方稼業じゃあ休んだ分がまるまる私の損失となって仕舞いってもんだ。
私のというかおいかぜ書房の休みのとり方は基本パートナーの会社のカレンダー通りにしていてほぼ一般的なカレンダーと同じ。創業当時はひとが働いているときに休んでひとが休んでいるときに働こうなんて思ったものだが、ひとが働いているときに休むのってなんだかなにかに無性に取り残されている感じがした。今日は休みだと割り切りつつなぜかパソコンだけは持ち歩き、たいした遠出もせずに適当に時間を潰し、普段仕事を終える頃の時間帯に帰宅して、休んだんだか仕事をさぼったんだかよくわからない気持ちを抱きつつも、そうやって一日をうやむやにしていた。休みにせよ仕事にせよひとと違うことをするのがこわかったんだろうあの頃。
2026/4/27 Mon.
ホームページを少しずつ直している。そもそも見にくいし電子書籍出版に興味を持って訪れてくれる人に最適化されているとはとても言えなかった、ということはずっと長い間認識していたのだが、端的にマンパワー不足(要は私の力不足と怠慢)によってそのままにしてしまっていた。最近ホームページ経由でお問い合わせいただくことが増えいよいよまずいなと思ってホームページをあらためていたら、文章が読みづらくて愕然とした。私が書いたはずなのに読んでいてつっかえる。いや、私が書いていたよな? それか読まれることを拒んでいたのか、当時の私は。いや、きっと私にしかわからない程度の差異と思うのだけれど気になりすぎて慌てて直そうと決断して今やっている。
これまた気づいていたことなのだがうちはデジタル方面を扱っているのにホームページにそれっぽい最先端さをにおわせるおしゃれさがない。こればっかりは契約しているビルダーにそういう機能がないといえばそれまでなのだが、もっと字や画像をうねうねカクカク動かしたりしたいなと一瞬思いつつもそれにどんな意味があるのかと二瞬目でハッとして現実を受け入れることにした。とはいえ文字を赤にしたり下線を引いたりくらいはこのビルダーくんもできていいんじゃないかい、と私は思うのだけれど。
今日直したのは電子書籍についての項目。ここは電子書籍の情報や私の理念や考え的なものの入れ物なのだが、なんら整理されずなんなら文章も情報もこんがらがっていた。ひとまず読みやすくなればいいのだがこればっかりはなかなか客観視しにくいから冷却期間を置きながら長い目で調整していくこととしよう。
2026/4/24 Fri.
圧倒的に時間が足りていない。私の要領の悪さには我ながらあきれ返るが、だいたいなにをするにしても計画の1.5倍くらい時間がかかっている感覚と反省を抱いている。なので万一これを読んでいる関係者の方で心当たりのある方がいたらお詫びするしかないのだが、SNSでしか謝罪と思しき行為をしない風潮に与するつもりもないので別途ご連絡します、本当にすみません。今日は創業間もない頃から10年近くお付き合いのある作家の方より本をご恵贈いただいた。その方はもともと大学で英語や英米文学を教える傍ら専門知にかかわる本や詩集など幅広く出版されているのだが、今回は句集を出された。最近は詩の原稿を読む機会が多かったから久しぶりの俳句のような短詩形はなんだか新鮮に思えた。で、一作一作が当然短いのでぐいぐい読み進める。その結果時間が圧迫される。のだが次第に開き直りの萌芽を胸の内に感じる私もいたり、ついにコーヒーを淹れだし心がよくない安寧に向かいだしたり。だめだぞ、私。
2026/4/23 Thu.
午後から雨の予報。朝娘を保育園に送り、その足で倉庫に必要な資料の出し入れに立ち寄る。が、倉庫にまっさきに仕舞おうとずっと思っていたかさばる資料を自宅に忘れ、倉庫にはあるだろうと見当をつけていた資料が見当たらず。息子が学校で使うと言っていた鉢植えの支柱だけ見つけたのでぶら下げて帰る。その後はホームページのアクセスをチェックし、Geminiに分析結果を言語化してもらいメールの返送。お昼は解凍しておいた鶏モモ肉としなびたピーマンと半端者の玉ねぎと崩れかけのトマトをスパイス類で炒めてチキンジャルフレジにして食べる。午後から息子の器械体操の送りまでの数時間を電子書籍のエラーチェック。体育館で息子の体操風景を眺めながらメールの返送。そして業務日誌を書く。日記だなこれ。
2026/4/22 Wed.
ホームページを少しずつ改良している。良、となればいいのだが単なる改変かも知れず、少なくとも改悪にはならないように思うしそう願っている。今日はいつもより遅い時間に娘を保育園に預けてストックのなくなったおむつを忘れないうちに買って、ついでにコーヒー豆500gも。コーヒーメーカーを購入して1年近く経つが毎朝欠かせない。のに、ここ4日程豆が切れたままだった。いつも行くコーヒー屋さんの定休日が変わって買いそびれ、といっても他のお店で間に合わせに買うのもなぜか居心地悪い。ところでコーヒーメーカーの豆を挽く電動音ってすごい。初めて起動したときは石でも入れてしまったかと思うくらいの異物感と絶対にさせてはいけない音だと思って慌てて電源をきって説明書を熟読した。それに掃除も面倒だ。大部分のパーツは取り外して水洗いできるのに、豆を挽く肝心の刃物部分が内部構造化していて取り外せない。そこが一番洗いたい場所なんだけどなといつも思いながら、濡らした布をくるくる押し込んで気持ちをうやむやにする。そんなことを思い返しながら今日もじりじりと仕事を続ける。
2026/4/20 Mon.
私が知らない世界の楽しさを私は知らない、というのは当たり前のことだ。私にはサッカーや野球の高揚感も、数学や物理学の奥深さも、経営哲学やビジネスマインドへの向き合い方も、知らない。いや、正確に言えば、きっとそうなのだろうという楽しさを想像することはできるが、それが私には馴染んでいないというだけのことかもしれない。
しばしば、誰それの言葉なるものが、第三者である誰それや匿名である誰それによって名言として引用されることがある。その引用は、往々にして人生への示唆的な用いられ方をする。「詩」の一節も、引用頻度としては高い位置にあるだろう。私自身も、本やネットで出くわす、ややもすると情感を織り込まれたそういった言葉をきっかけに詩や詩人の存在を知ったりもするのだが、はたしてこれまでに彼らの詩集をまとまりとして読んだことはどれだけあったろうか。
ここ最近は詩集の発刊が続いている。会社のことを知って連絡してきてくれる方や、私の方からお声がけさせてもらう方など様々だ。だから、というのもあるが、詩を詩集として読むことが多い。
読んでいて気付くことは、詩は詩集として完結するのだな、ということだ。詩の単体にキラーフレーズがあってそれが惹句として心に入り込んでくることはもちろんあるのだが、この詩とあの詩が強固な流れを形成していたり、序盤で綴られていた確信めいたことが、後半にいくにつれて変容していったり、ではなぜそのような転換がなされたのかを考察したりと、考えることが尽きない。
2026/4/17 Fri.
今月出版した「詩集 私のいる場所」(猪爪知子著)がAmazon最新リリース詩歌部門で1位。よかった。さっき確認したら2位になっていたけれど、当初6位からじりじりと上がっている。どうか粘ってくれ、と心底願う。電子とはいえ出版物なので初速は大事だが、必ずしもそういうわけではないこともわかっている。印刷本と違っていつまでも出版しているからか、だいぶ前に出版したものがじわじわと売れ続けることもよくあるし、というかうちの場合はその方が多いくらいか。ところでどうもそろそろゴールデンウィークに入ろうとしているようだ。それまでにはいくつか区切りをつけておきたい仕事があるのだが終わるのだろうか。わざわざ混んでいる時期に遠出しようとは思わないが子どもらをどう満足させようか。ああガソリンはどうなるのだろうか。IMFにほぼ名指しで批判されたがどうするのだろうか。疑問符を抱えすぎている。
2026/4/16 Thu.
今日の一日は原稿読みから始まった。というか今週はずっとそうなのだが。誤字脱字、文脈に齟齬がないかチェックして、じりじりと赤を入れていく。うちの出版形態の場合、赤入れなしでそのまんま電子書籍にしてくれという依頼もあって、それはそれで作業としては当然楽なのだが、読んでいるうちにこれは直したほうがいいぞという大きな綻びを見つけたりすると、だいたいその周辺には虫食いがところどころあるもので、試しに赤入れなぞしだすと結構真っ赤になってしまう、なんてことはままある。この場合どうするか迷う。いっそのこと読まないで制作だけすりゃよかったと後悔するものの、当たり前だが読まなきゃやりようもないので、いちおうフィードバックはする。その結果、やはり直そうとする人もいるし、まあまあいいじゃないそのままやっちゃってよ、という人もいて、それはどちらがいいという話ではない。後者のリアクションのときは、相手の心中を察してみる。この程度たいした綻びじゃないし大丈夫、と思ってくれれば私の読み誤りで済むのだが、余計なことしやがって気になっちゃうだろうと思っていたら、それは大変申し訳ないことをした。
2026/4/15 Wed.
業務日誌を書いている場合ではないような気もするのだが、かつて私が書かされていた「業務日報」はどれだけ手が離せなくても残業していても提出を急かされたように思うから、自主的に書く分には特にプレッシャーはない。むしろ息抜きとなりつつある。といって明日にはやめているかもしれないが。
本日の業務は新しい電子書籍制作の着手。溜まっているものはたくさんあるのだが、未着手のものも早めに少しでも動かしておきたい、という私の焦り。こういう焦りがきっとミスに繋がることがまだわからないのか、私。
関係ないが私は炭酸水を愛飲している。朝起きて炭酸水、食事中に炭酸水、のどが乾いたら炭酸水。500ml×24本でラベルレスのものをAmazonしている。場所もとるのでこれまではひと箱なくなりそうなときに都度注文していたが、面倒なので定期購入に切り替えた。定期の周期が悩ましい。1週間ではなくならないが、2週間にひと箱では足りない。なので3週間にふた箱で様子を見ている。今週は体調不良も重なり炭酸水の減りが遅かった。今日あらたにふた箱届いたのだが、ギリギリ1本の半分を残しての到着だった。万全時は明らかに足りないだろう。まあどうでもいいのだが。
2026/4/14 Tue.
今日は一日電子書籍の制作に費やすことができた。といっても、昼過ぎに中抜け。娘を保育園でピックアップして療育施設への送迎をし、それから1時間ちょっとしてから小学生の息子の新年度保護者会に。トータルで3時間ほど離れた。子どもの日々の事々に仕事の合間を縫えて大した移動もなく対応できるのは、今の私の仕事環境のメリットといえばそうだが、その分だけ単純に仕事がごっそり止まる。まあ割り切っているけど。
制作が溜まってしまっている。この仕事の楽しみにして最大のネックは、原稿読みに時間を要することだ。人それぞれ原稿の読み方があると思う。私の場合は、読んで要点をまとめて感想を書いてみることでそこに表現されている内容を解釈し身体に馴染ませていくような作業を経る。きっと効率が悪い。ちゃんとしたプロの編集の人たちは、ざっと読んですっかり理解し反射的に課題を洗い出せるのだろうが、あいにく私にはそのような技術はないし、案外じっくりと馴染ませていくようなスタイルが嫌いでもない。
とにかく制作が溜まってしまっている。読みきれいていない原稿と書きかけの提案書とコード修正が必要なEPUBが山となっているのに、物理的な山が見れないのは電子のせいだ。
2026/4/13 Mon.
昨日は東京良寛会という団体の定例勉強会に参加させてもらった。今まさに電子書籍制作をしている著者黒羽由紀子さんが上京し、講演会をするという話を聞きつけたからだ。近々刊行する黒羽さんの詩集はとても素晴らしい。親の介護や認知症の現場、身近な人の死、「老い」を主題に様々な困難の記録が綴られている。しかし、この詩集は決して「老い」を個人的な体験談だけで閉じ込めない。「老い」という過程を、次第に自然のなかの現象に置き換え、やがて「老い」を受け入れた上での生き直しに発想を昇華させていく。そういった思想の転換のキーになっているのが、良寛の言葉だった。良寛の、いかなるときでも愛語を散華して行脚する、という慈悲の心が、この詩集を形作っているように思う。
ところで、勉強会は湯島にある新潟県人会館のとても清潔な会議室を会場で、とても和気あいあいとした雰囲気だった。私はアウェーに緊張しまくるのだが、場の雰囲気が明るく和やかだったからすぐに落ち着けた。さすが良寛会だ、いい人しかいないのだろうと純粋に思ったし納得だった。
2026/4/10 Fri.
今日は終日作業に充てた。電子書籍の制作。実に地道な作業を積み重ねていく。例えば、紙書籍や手書きの原稿を編集可能なデータに起こしたり、 HTML / CSSのコーディング をしたり、つまりデータまわりの制作。それだけではなく、未発表原稿の場合はゲラ読みをして必要に応じて赤でコメントも入れて返すし、既刊本の電子書籍化の場合でも追加したり削除したら改編したり多かれ少なかれあるしと、こちらはアナログな作業。この際だから愚痴になるが電子書籍にせよPODにせよ出版登録はしかるべきプラットフォーマーを通しているのだが、とりわけPODの改修審査と校正刷りや著者購入分の発送にえらい時間がかかって困る。そう、今まさに困っているのだ。こないなあ、著者購入の50冊。遅くても今週中にはと思ったのに。というような不測の待ち時間が多い。まあ私もひとりでやっていることを言い訳にさんざ待ってもらうことが多いのだけれど。
2026/4/9 Thu.
体調不良だ。逆流性食道炎がぶり返してきた。ついでに妻も昨晩から体調がすぐれない。それとは因果関係がないと願っているが、娘は娘で昨夜就寝中に何度か嘔吐した。今季二度目のウイルス性胃腸炎。私も妻も全然寝られなかった。
昨夜は眠れないなかスマホをいじいじ。Amazonの最新の詩歌リリースランキングをチェックすると今月出した詩集が6位。よかった。
今朝は我関せず顔の長男を小学校に送り出し、胃酸が溢れてむかつく食道をおしつつ仕事を進め、昼前に消化器内科を受診。胃酸を押さえる薬を4週間分か8週間分か問われ8週間分を希望し処方箋をもらう。これで薬が効くまで2、3日やりすごせばいい。
しかし効かないうちは、横になるのがこわい。胃酸が溢れてくるから。忘れたときにぶり返してくるのです。でも チェーホフおじさんは言いました。夢だと思ったことが現実で 現実だと思ったことが夢だった ということもあるのです。と寺山修司の眠るのがこわいという詩を書き換えてみたが、私はチェーホフおじさんには訊かない。
2026/4/8 Wed.
今日は書けたようだ。書きはじめたら書き終わらなければならない。ならない、というのは言い過ぎか。でも私は、書き終わらなければならない、という行為が、強迫観念のように思っている節がある。
それだけに限らないが、例えば小説。最初の書き出しを考えるのは楽しいものだ。充分に凝りたい気持ちもあるし、素っ気なく外してみるのもそれはそれでいい。ところでご経験者の方ならおわかりだろうが、最初の一行を書いたところで、小説への意欲がどういうわけか一区切りする。私の体感だが、小説執筆経験者のうちの九割ほどがこの一区切りに底知れぬ満足感を得て、せいぜいその後五行程書いてみて終わる。つまり、小説執筆経験者の九割ほどが書き終えるどころか冒頭からも抜け出せていない小説書出断筆者でもある。そして、書き出しの一行だけがwordファイルとしてそれなりに堆く積まれると、小説書出多数保持者としての挫折と名誉に与る。
私は、コロナ禍で絶望的に仕事がなかったとき、小説を書いた。これまでにも書いてみたことはあるが、私は小説書出多数保持の段位認定者だった。だが、このときは、書いた。書き終えたということだ。物語のなかで登場人物は決して勝手に動いてはくれなかったが、こちらが敷いたレールの上には律儀に乗ってくれた。その時はいくつかのドキュメンタリーを資料として読み込み、キャラクターの造形や地図も書き込んでいた。むしろ最初の一行目とタイトルが最後まで定まらないくらいだった。準備をちゃんとすれば書けるな、というのが、私の現実的な感慨だった。
当然だが、ひとつ書ききると、書ける手ごたえが確かに残った。
2026/4/7 Tue.
昨日、業務日誌を書くのをさっそく忘れた。土日を挟んだからかまだ習慣化されていないのだろう。夜パソコンを閉じた瞬間にいちおう思い出したのだが、残業してまで書くほど私は自身を管理しないし、そういう切迫感も、ない。気ままに書ければいいと思う。
ところで、最近では、「老い」をテーマとした詩集を作っている。「老い」という現象を、単なる喪失として描かず、認知の揺れや介護の経験、その苦しみと混濁を経て、「老い」が人生の終焉ではなく、自然の側への「移り変わり」として描かれている。とても美しい詩集。
私は40歳なりに老いを考える。母も父も老境の手前かさしかかる頃に逝った。だから私は老いの先に待ち構える事々を体感的に当事者としてこれからしばらく知ることはないのかもしれない。それでも、誰かの老いや介護・医療の現場、医療費のこともそうだが、傍観者的に考えてはいけないことは知っている。
30代後半で40代からの洗顔のようなものを買い、気が向いたときに顔パックをしては保育園児の娘には脅えられ、乾燥肌にはすかさず化粧水や薬用ハンドクリームを塗る。まぁ、表面的である。表面的な抵抗である。そもそも、肌を保つことが老いへの抵抗なのかわからないし、見た目を気にしているだけと指摘されればそれまでである。きっと私は若く見えたいだけなのだろう。この段階にいる時点で、私は「老い」を考え切れていないのだろう。そんなことを詩集を作りながら考えた。
2026/4/3 sat.
今年私は40歳になった。会社も個人事業から数えると10年を過ぎた。それらのことに特別感慨を抱かないと言えば嘘になるが、ここまできたかという驚きも、駆け抜けてきたなという達成感も、まるでない。むしろ、年を経るごとに、後戻りの出来なさのような不安感がちいさくつのる。きっと私の、目の前の仕事に取り組むだけ取り組んでどうにか終わらせるやいなや、次の物事に移っていくという、場当たり的なスタイルに問題があるのだ。これでは得られたはずだった蓄積を検分する間もない。拾いきれなかったあるいは拾うことをしなかった忘れ物たちがたくさんあるのだろうか、私には。
切りのよい数字を節目とするのなら、試しに過去の職歴を振り返ってみた。私がかつて勤めたおおきな会社やちいさな会社のいくつかには、業務日報というものがあった。記録。中身のスカスカな日はやったこととやらなかったことを混ぜこぜにして書いた記録。A社にいるの長すぎない?とサボったのがたぶんバレてる記録。こんだけ時間かけてなんでできてないんだよと咎められるたくさんの記録。自分のダメさが露呈するから業務日報は苦痛だった。
今の私には記録がない。ひとりでやっているから。スケジュールは手帳で勝手に管理すればいい。だけれど、それでも記録していたほうがいいような気に、なぜかなってしまった。私の忘れがちな記憶や仕事の端々を書き留めてあとでじっくり呆れたいと思う。報告相手はいないから日誌としよう。