反核・反戦・野草の家

昭和20年8月6日 (1945) 6歳被爆覚え書

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編集:三田村良子


一九四五年(昭和二〇年)八月六日 月曜日 午前八時一五分 原爆投下
広島市東観音町一―二〇八〇 家族六人の三田村家は消えた。
父・貞雄(原爆症死)長兄・一貫(学徒戦病死)次兄・至誠(県立一中一年被爆死)末兄・樂三(小五集団疎開中)
父、母・私(六歳)の三人で残る自宅は爆心地より、わずか一二〇〇m、直爆しました。
七七年前の惨劇を伝える生き証人は居なくなり、全国B29から投下された焼夷弾で焼き尽された人々、各家の戦争悲劇は風化するばかり。
各所に体験や提出文の一部、原本そのままを、証拠、真相を参考資料と共にまとめた。
昨今、 マスコミはロシアによるウクライナ侵攻欧米諸国の制裁と非難
冬の瓦礫の中、埋まる民間人の遺体を戦争犯罪として追及・報道する毎日だが
七七年前 真夏の炎天下 爆風と熱線放射能に晒されながら、少しでも歩ける人々は、水一滴を求め、彷徨い力尽き
至る所で折り重なり倒れ性別、氏名も分からぬまま腐敗し命果てた。
何十万人の民間人虐殺証明も証拠もない。非人道的な国際法違反を世界の人々はこの事実を知り、善悪を裁けたでしょうか。
現実は核保有国は増え、核の脅威、紛争、戦争、原発稼働は続き、核廃絶は遠く憂うばかりです。
(本文「はじめに」より)

【目 次】
はじめに…………………………………………001
被爆地 広島市東観音町1-2080
 爆心地1200m 家族6人……………………002
三田村家ルーツ…………………………………012
核兵器の足どり(1939~1967年)参考…032
原爆投下家族死因(貞雄 至誠)
 戦没(一貫)遺品  043
めばえ 杉並区立第七小学校  049
ふたたびくり返すまい 町田市  053
アジア太平洋戦争「私の遺書」NHK  061
「昭和の遺書」文藝春秋
 至誠 永井隆 園井恵子引用  069
ヒバクシャからの手紙 NHK
 被爆者差別
 子供たちの被爆 参考  074
未来への伝言
 厚生省等提出被爆体験
 法政大学町田市制作DVD
 町友会(町田市被爆者の会)原爆体験  098